６年生になった。
今日は５月１４日。２泊３日の修学旅行が始まる。行き先は鎌倉と東京で、班別行動の時間も予定されているから非常に楽しみだ。
幸いなことに、ずっと春香と同じクラスで、修学旅行の班も同じ班になることができた。
ちなみに俺と春香のほかの班員は、男子が和菓子屋の息子の宏、啓介、女子が春香の友達の優子と和美の４人。他の班も同じだが、６人で1つの班になっている。
内面はいい大人の俺なんだが、昨日からウキウキした気持ちが抑えられないのは仕方ないと思う。
修学旅行にそなえて班のみんなと下調べをしたり、春香とお菓子を買いに行ったり……。こういう旅行って事前の準備から楽しいものだ。
天気予報によれば最終日が雨の予報だが、初日と二日目は晴れで汗ばむくらいの陽気らしい。昨夜は何度もリュックの中身を確認して、今朝は少し心配そうな母さんに見送られて家を出る。
６年生は全部で５クラスある。体育館で結団式を終えると、そのクラスごとに早速、バスに乗った。
バスの席は班ごとで座ることになっている。
どの班も男子３人、女子３人なので、男子と女子で座るペアが必ず一組は出る。そのため他の班では、誰と誰が座るかで少しもめたようだ。
うちの班の場合は問題ない。当たり前のように俺と春香、宏と啓介、優子と和美とに分かれて席に座った。
担任の律子先生、３０半ばで既婚者、が人数を確認して、マイクを手に取る。
「他のクラスも揃い次第出発するよ。いい？ 注意事項を守って楽しい修学旅行にしましょう」
「「「は～い！」」」
反抗期に入った子供もいるが、この時ばかりはみんな素直に返事をする。
先生は、いったん外に出て他のクラスの担任と短く何かを話すと、再びバスに乗ってきた。他の先生もそれぞれのバスに乗り込んでいく。どうやら全員揃ったので出発するようだ。
「それでは出発します。見送りの人に手を振ってね」
前の１組のバスがゆっくりと動き出すと、俺たち２組のバスもそれに続いて動き出す。左側に集まっている父兄や校長先生たちに、みんなで手を振った。
見送りを受けて出発したバスは、順調に道路を進んで東名高速道路に入った。俺は窓側の春香と一緒に高速道路の景色を見る。
晴れた空の下、青々とした山の中を高速道路が続いていく。途中、道路脇の壁が切れたところから、海や町並みが見えた。
「ほら、春香。海が見えるよ」
熱海のあたりだろうか。駿河湾、そしてその向こうには伊豆半島が見える。
「あっちが伊豆だよ」
春香はキラキラした目で遠くの景色を見ていた。
今日の春香の服装は、紺と白の太めのボーダーＴシャツに、薄手の白のサマーニットを羽織り、デニム地のスカートをはいている。髪は後ろで一本にまとめてあり、赤いリボンのついたゴムで留めていた。
若返った最初は、俺はロリコンじゃないと内心で言い聞かせていたが、精神が身体に引きずられたようで、今では素直に可愛いなぁと思えるようになった。どこのせいとは言わないが、小学生の割には大人びて見える。
俺は、春香に合わせたわけじゃないけど、モスグリーンと白のボーダーＴシャツに、濃いインディゴのジーンズをはいている。全体としては、ちょっと暗い目の色合いの組み合わせに見えるが、リュックのオレンジが映えるのでそれほどおかしくはない、と思う。
春香はリュックからソフトキャンディを取りだした。
「はい。なっくん。グレープ味だよ」
「さんきゅ。春香」
俺はお返しで、春香の好きな桃味のアメ玉をあげた。「ありがと」
早速、ソフトキャンディを口に入れ、春香と話をしていると、
「はいはい。写真撮るよ。二人ともチーズ！」
先生がカメラを構えていた。チーズの声に、慌てて春香がぐいっと体を寄せてきてピースをする。
カシャッ！ ジーッ。
「ふふふ。夏樹くんと春香ちゃんはいつも仲いいね」
先生がそういうと、後ろの席の啓介が身を乗り出してきた。
「先生。この二人、付き合ってるから。もう学年公認だよ」
それを聞いて春香の顔が赤くなった。……いや、俺の頬も熱を帯びている気がする。ううむ。タイムリープ前よりも春香に対して甘く接している自覚があるわけで、周りから見てそういう評判になるのも当然か。
先生は生暖かい目をしている。「ま、仲がいいのはいいことよね。ふふふ」
そういって車内の児童の様子を順番にカメラにおさめていった。若返る前は俺の方が先生よりも年上だったわけで、子供扱いされると微妙な気分になる。
バスは厚木インターで高速をおりて一般道を進む。相模湾に出て、海沿いの道を一路鎌倉へ。夏場は特に混雑する道路だが、この日は順調に車が流れていた。
江ノ島を右手に眺めつつ進むと、左手に江ノ電が走っているのが見えるようになった。あの緑の可愛い車体は俺も好きで、鎌倉に行った時はよく乗ったもんだ。
「みんな、左に江ノ電が見えるわよ」
先生がわざわざマイクで教えてくれた。みんなは、すげえとか言いながら江ノ電に注目した。……一体なにが凄いのか。ここら辺はやっぱり子供だな。内心そう思いながら、俺も江ノ電を眺めた。
バスで児童が見ていることに気づいたのだろう。江ノ電の駅にいる人たちが手を振ってくれる。
「さて、最初の目的地の長谷寺はもうすぐよ。降りる準備をしておいてね」
まだ早いとは思うが、先生の言葉にみんなはリュックの準備を始めた。
「ねぇ。なっくん。紫陽花が咲いていると良いね」
春香が修学旅行パンフレットを見ながらそういった。
長谷寺は公園みたいに整った庭園を持ち、確かに紫陽花で有名だ。ただちょっと時期が早いかなぁ。おそらく今ごろなら菖蒲がきれいに咲いているんじゃないだろうか。
やがて到着したのでバスから降り、春香や啓介たちクラスの児童と一緒に山門をくぐる。初夏の青い空に庭園が美しく映えていた。
お坊さんの話を聞き、本堂の大きな観音像と対面する。宝物館見学の後、２列になって見晴台まで登っていった。
「うわぁ。気持ちいい風」
眼下には相模湾と鎌倉の町並みが広がっている。……家が多すぎて、どこらへんに何があるのかはわからない。
ちなみに春香が楽しみにしていた紫陽花の小道は眺望散策路の方で、今回は時間の都合上で行かないことになってしまった。残念がっていた春香だったが、俺がそのうち一緒に見に来ようというと機嫌を直したようだ。
「はいは～い。では、次に行きますよ。班長さん。迷子にならないようについてきてね」
先頭を行く先生が呼びかけ、出口の山門へと向かって降りていく。まるで蟻の列のように俺たちはそれに続いて歩いて行った。
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